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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)13849号 判決 1973年3月17日

原告 田中礼次郎

被告 東京都

右代表者知事 美濃部亮吉

右指定代理人 南明

<ほか四名>

被告 大塚三郎

被告 芳賀曻

右被告両名訴訟代理人弁護士 山下卯吉

同 竹谷勇四郎

右訴訟復代理人弁護士 福田恒二

主文

一  被告東京都は原告に対し、金一三万四六四六円およびうち金一〇万円に対し昭和四一年四月二七日から、うち金三万四六四六円に対し同年一一月一〇日から、各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告東京都に対するその余の請求ならびに被告大塚、同芳賀に対する請求はいずれも棄却する。

三  原告と被告東京都の間に生じた訴訟費用は二〇分し、その一を被告東京都の負担とし、その余を原告の負担とし、原告と被告大塚、同芳賀との間に生じた訴訟費用は原告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  原告

「被告らは各自原告に対し、金二〇〇万円およびこれに対する昭和四一年四月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。被告東京都および被告芳賀は各自原告に対し、三万四六四六円およびこれに対する昭和四一年一一月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言

二  被告ら

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二当事者双方の主張

一  原告主張の請求原因

1  原告は昭和四一年四月二六日午後九時半頃国鉄飯田橋駅市ヶ谷口陸橋の歩道上において横断歩道用の黄色の小旗を振りながらタクシーの停車を求めていたところ、麹町警察署飯田橋駅前派出所に勤務していた被告芳賀巡査が何ら正当の理由もないのに職権を濫用して原告に対し、「何をしているのか。一寸交番に来てくれ。」と言いながら原告の腕をつかんだので、原告はその理由を尋ね、腕を振りはなそうとしたところ、同巡査は何らの理由も告げず「暴れると手錠をかけるぞ。何でもよいから来い。」と言って原告の手に手錠をかけ、折から集った一〇〇名前後の群集のなかをもみ合いへし合いながら原告を右派出所に連行したため、原告はその間何回か転倒し、その際全治六ヶ月一五日の左尺骨肘頭骨折の傷害を受けた。

2  被告大塚は麹町警察署勤務の警部補であったが、前同日、被告芳賀により逮捕連行された原告の弁解録取書を作成するに際し、原告が被告芳賀の不当逮捕、職権濫用の事実を指摘して抗議したところ、「この野郎ふざけた野郎だ。一晩泊めてやる。」と罵声し、これに対し、「なに泊める。できるならやってみろ。お前の首を切ってやる。」と反駁した原告に対し反感を抱き故なく原告を同警察署に留置した。

3  被告大塚は、翌二七日朝、原告が糖尿病治療のため毎朝食三〇分後に服用していたダイヤビニーズ二錠の投薬方を申出たのに対し、「外科だ内科だとうるせいこと言うな。どちらか一つにしろ。」といってこれを拒否し、前記骨折による激痛と糖尿病の悪化を故意に無視し、留置場監守も原告の再三にわたる右申出を拒否した。

また、被告大塚は、同日午前一〇時半頃、原告を診察した米川医師からレントゲン写真撮影の結果を知らされ、原告の診断書も受領していたので、原告が骨折の傷害を受けていたことを知っていたにもかかわらず、原告が同日夕刻釈放されるまで原告に右診断の結果を知らせなかった。

4  被告大塚は、被告芳賀の前記不法な行為を正当化しようとして、原告を全く事実無根の公務執行妨害、傷害、道路交通法違反の罪名により東京地方検察庁に書類送検した。

5  原告は前記1記載の傷害治療のため、別紙目録記載のとおり合計三万四六四六円を支出した。また前記1ないし4記載の不法行為により蒙った精神的苦痛に対する慰藉料としては金二〇〇万円が相当である。

よって原告は被告ら各自に対し、金二〇〇万円およびこれに対する昭和四一年四月二七日から支払ずみまで年五分の割合による損害金ならびに被告東京都、同芳賀各自に対し、金三万四六四六円およびこれに対する昭和四一年一一月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの答弁

1  請求原因1の事実中、原告が昭和四一年四月二六日午後一〇時五七分ごろ(午後九時半ごろではない。)、国鉄飯田橋市ヶ谷口陸橋車道上(歩道上ではない。)において横断歩道用の黄色の小旗を使い一般自動車(タクシーのみではない。)を停止させようとしていたこと、麹町警察署飯田橋駅前派出所補欠勤務の被告芳賀巡査が原告を職務質問し現行犯逮捕したことは認めるが、その余は否認する。

2  同2の事実中、被告芳賀が原告を麹町警察署に連行したこと、司法警察員警部補である被告大塚が原告を審問し弁解録取書を作成したこと、原告が留置されたことは認めるが、その余は否認する。

3  同3の事実は否認する。原告が米川医師の診察を受け、レントゲン写真を撮影したのは四月二七日午前一〇時三〇分であって、レントゲン写真による診断結果が判明したのは同日午後三時三〇分ごろである。

4  同4の事実中、東京地検宛の送致書類の罪名が公務執行妨害、傷害、道路交通法違反であったことは認めるが、その余は否認する。

5  同5は争う。

三  被告らの主張

1  被告芳賀は昭和四一年四月二六日午後一一時ごろ麹町警察署飯田橋駅前派出所に勤務中、原告が、同派出所西方約五〇メートルの国電飯田橋駅西口前車道上で、ガードレールに腰をかけ横断歩行者用小旗で、ガードレールや道路標識をたたいていたずらをしたり、小旗を振って通行車両を徐行させているのを認めた。

そこで被告芳賀は、原告の右行為をやめさせようとして原告のところへ赴いたが、その間に、原告はガードレールから離れて車道中央に出て小旗を上下左右に滅茶苦茶に振って、自動車の進行を妨げ、または停車させる有様であった。

被告芳賀は、急いで原告の傍に行き、再びガードレールに腰掛けて小旗を振り出した原告に対し「旗でものをたたいたり車をとめたりすることはやめなさい。」と注意したが、原告はこれを聞き入れる様子がなく依然として小旗を振っていたので更に「大人のすることではないし、大人げないじゃないですか。」と注意した。すると原告は低い声で何かいいながら、被告芳賀の尻、もものあたりを小旗で叩き始めたので、被告芳賀は、原告が酒に酔ってこのような非常識な行動に出るにおいては、道路交通法に違反するばかりでなく、本人自身にも危険を及ぼす虞れがあると認め、「何するんですか。」と軽くたしなめながら「あなたの住所、氏名をいって下さい。家はどこにあるんですか。」と尋ねた。しかしながら、原告は何も答えず、なおも小旗を振っているので、被告芳賀は語気を強めて「名前は何というのですか。」と尋ねたところ、原告は「生意気いうな。」といいながらガードレールから腰をあげ、小旗を大きく振り回し始めた。

そこで被告芳賀は、人通りの多い駅前の車道上で原告に小旗を振りまわさせておくことは危険であるし、また人だかりでもすればなおのことであると考え、原告に対し「派出所がそこにありますから派出所まで来て下さい」と申し向けたところ、原告は「おれは何もしていないから行く必要はない。」と拒否し、ついで「おれは弁護士でも裁判所でもなんでも知っているんだ。」といきり立ってきた。

そこで被告芳賀は「今あなたは道路交通法違反をしたんですよ。それにあなたは酔払っているんじゃないですか。」と説明し、原告が黙ったので、更に「ちょっと交番まで来て下さい」と言い足したところ、原告は、三メートル位離れて立っていた男に手提げカバンを手渡し、再びガードレールに腰を下し、「警察でも交番でも行くよ。」といって派出所へ同行することを同意した。そこで被告芳賀は、原告が手にしていた小旗を「返しなさい」といって取り上げ、小旗入れに納め、「立ちなさい」といって歩行を促した。

しかしながら原告はガードレールに腰をかけたまま直ぐに立上がる気配がなかったので、被告芳賀は、更に「さあ行きましょう。」といいながら原告に手を添えて歩行を促がし、原告が任意に歩き出したので被告芳賀は原告に先立って横断歩道を駅の方へ歩き始めた。

ところが原告は道路中央附近まで来ると、いきなり元の方向へ二、三歩戻ったので、被告芳賀は後方を振り向いて左手で原告の左手をつかみ、更に右手でその上腕をつかんでこれを引きとめた。

すると原告は、やにわに右手で被告芳賀の左袖口を左手で前襟をつかんで、被告芳賀を振りまわした。そこで被告芳賀は、大声で「放せ。放せ。」といいながらふんばって堪えていたが、原告はこれを聞き入れることなく更に力をこめたので、遂に両者は道路上に折り重なるような格好で倒れた。

被告芳賀は直ちにおき上り、原告の両腕をつかんで起したが、原告は起き上るや否や被告芳賀の左目付近を右手で強く殴りつけてきた。そこで被告芳賀はとっさに原告を公務執行妨害罪で逮捕すべきであると判断した。

しかし原告は更に右手を突き出しながら攻撃してきたので、被告芳賀はその右手をつかみ、体をひねってこれを避けたところ、原告は路上に倒れた。被告芳賀はそのまま原告の攻撃を制止しながら「公務執行妨害で逮捕する。」旨告げて、原告の右手に手錠をかけ、ついで自分の左手にも手錠をかけて原告を逮捕し、前記派出所へ同行した。

被告芳賀は右派出所内で原告の手錠をはずし、原告の住所氏名を尋ねたが、原告は「うるさい馬鹿野郎」といってこれに応じなかった。

2  被告芳賀は、原告をパトカーに乗車させ、同日午後一一時四〇分ごろ麹町警察署捜査係室へ引渡したが、原告は机をたたきながら大声でわめき、これをなだめて原告の住所氏名を尋ねた菊地正雄巡査の頭部を殴りつけ、ますます興奮して「責任者を出せ。こんな若僧に話してもしょうがない。」と大声で騒ぎたて、原告の求めにより本図巡査が茶のみ茶腕に水をくんで出すと、これを飲み干したうえ茶腕を床にたたきつけ、更に本図巡査の右肩部を殴る有様であった。

3  被告大塚は、一号取調室において、原告に対し、犯罪事実の要旨および弁護人を選任することができる旨告げて、弁解の機会を与えたところ、原告は住所、氏名を述べた上、「おれが巡査に乱暴されただけで乱暴した覚えはない。」という趣旨のことを述べ「弁護士は岩村滝夫さんを頼みたいです。」と述べたが、この間腕が痛いとの申出等は一切なかった。

そこで被告大塚は、右供述を録取して読み聞かせたところ、原告は内容に誤りはないが署名押印はしたくないといってこれを拒んだ。

被告大塚は、右のような状況から、任意捜査は極めて困難なのでこれを留置して取調べる必要があると判断し、原告を留置した。

4  佐々木勝夫巡査は、原告について、被疑者留置規則に基づく捜検保管取扱いおよび外傷の発見措置等所要の手続を行なった後第一房に留置し、原告は入房後直ちに熟睡した。そして原告は、翌二七日午前六時頃起床し、佐々木巡査に対し、腕の痛みを訴えたので、同巡査は原告の左腕を観察し、肘の部分が赤くはれているのを認めてこの旨を看守係泉邦雄巡査部長に報告した。

右報告を受けた泉部長は、同日午前九時ごろ、留置場内に入り、原告の容態を尋ね、「こうゆう場合に医師の往診を頼むと自費診療になるがよいか。」と尋ねたところ、原告は「金は出すからすぐ頼む。」といったので、直ちに被告大塚に報告し、米川医師の往診を求めた。

米川医師は同日午前一〇時三〇分ごろ来署し、原告を診察したが、外部所見のみでははっきりしないところから、レントゲン撮影機を取寄せ、原告が痛みを訴える左腕肘関節部分を撮影し、患部を湿布した。その際、同医師はレントゲン写真をみないと診断はできないとのことであった。

5  被告大塚は、原告の状態をみて取調べを行なっても支障はないと判断し、同日午前一一時ごろから約一時間、午後一時から約二時間原告を取調べて供述調書を作成した。

6  泉巡査部長は、同日午後三時頃、米川医師から、原告の左腕肘頭にひびが入っている旨および診察費用は四〇〇〇円である旨の連絡を受けたので、この旨を原告に伝え、原告の要求により米川医師に診断書の作成を依頼した。

そして泉巡査部長は診断書を一旦原告に手渡したが、処遇上の必要からその提出方を要求し、原告からその提出を受けてこれを田中刑事課長に差し出した。

7  被告大塚は、事件処理について検討した結果、原告の住所が明らかであること、原告の取調べは終了したこと、参考人の供述を得ていることおよび原告が負傷していることなどから、原告を留置したまま捜査を続ける必要がないものと判断し、二七日午後五時ごろ、原告の妻に「ご主人が酒を飲んでまちがいを起して留めてあるが、少し怪我をしているのですぐ引取りに来てほしい。」と連絡し、釈放手続を当日の宿直主任後藤信夫警部補に依頼した。そして、後藤警部補は、同日七時三〇分ごろ、原告の妻から身柄請書を取って原告を釈放した。

8  被告大塚は、必要な一切の捜査を遂げ、同年五月一四日東京地方検察庁に対して公務執行妨害、傷害、道路交通法違反被疑事件として送致したが、同庁検察官は右事件を昭和四二年一二月一四日付で起訴猶予処分にした。

四  被告大塚、同芳賀の主張

原告の本訴請求は、被告大塚および同芳賀の公権力の行使に起因する損害賠償の請求であるが、国家賠償法第一条第一項は、このような場合の賠償責任は国または公共団体にあることを規定しているのであって、公務員個人が責任を負うものではない。

第三証拠関係≪省略≫

理由

一  麹町警察署飯田橋駅前派出所勤務の被告芳賀巡査が昭和四一年四月二六日夜国鉄飯田橋駅市ヶ谷口付近において原告に対し職務質問をなし、右派出所まで同行するように求めたが原告がこれを拒否したこと、その後被告芳賀が手錠を使用して原告を逮捕し、右派出所へ引致し、さらに麹町警察署へ連行したこと、司法警察員警部補の被告大塚が原告を審問し弁解録取書を作成した後原告を翌二七日午後七時三〇分ごろまで麹町警察署に留置したこと、原告が公務執行妨害、傷害、道路交通法違反の罪名により東京地方検察庁に書類送検されたことはいずれも当事者間に争いがない。

二  原告は、被告芳賀が何ら正当な理由がないのに原告をその意に反し飯田橋駅前派出所に連行したと主張するので、この点について検討するに、≪証拠省略≫を総合すると、原告(当時四一才)は昭和四一年四月二六日午後五時頃から接客のため酒を飲み、同日午後一一時頃国電飯田橋駅西口横断歩道の附近で、横断用の小旗を振ったり大声を出してタクシーの停車を求めていたところ、たまたま同所から約五〇メートル離れた麹町警察署飯田橋駅前派出所に勤務していた被告芳賀巡査(当時二八才)がこれに気付き、原告が横断用の小旗で横断歩道標識やガードレールを叩いているようであり、また原告の行為が一般通行車の妨害にもなりかねないと考えて、原告のもとに赴き、「何をしているのか。」と注意を与えたところ、原告は同巡査を無視するような態度をとったので、さらに原告の住所氏名を尋ね、派出所まで来るようにうながしたところ、原告は「生意気なことを言うな。」といってこれに反抗したため、両者の押問答が始ったこと、そして右両者はしばらく言い争った後、派出所の方へ向って、横断歩道を渡りかけたが、その途中で原告が後もどりをしたので、被告芳賀は左手で原告の右手首を、右手で原告の左手上腕部をつかみ派出所へ連行しようとしたこと、そこで、原告はこれを振り放そうとして被告芳賀ともみ合いを始め、両者共そこに転倒したこと、被告芳賀はすぐに起き上り原告を引き起してさらに派出所へ連行しようとしたところ、原告がいきなり被告芳賀の左頬を殴打したこと、しかしながら被告芳賀はこれにはかまわずなおも原告の手を引っぱって原告を歩道の上に引き上げ派出所へ連行しようとしたが、原告がなおも抵抗を続けたので、被告芳賀は原告をその場に引き倒し、その上に馬乗りになって手錠をかけたこと、その頃両者のまわりには大勢の群集が集まり、被告芳賀の右行為に対して不当逮捕という抗議の声を発していたこと、原告はその中を手錠をはめられたまま引きずられるようにして前記派出所まで連行されたことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

ところで、被告らは、被告芳賀は、原告が道路交通法違反を犯したので同人に派出所まで同行するよう求めたものである旨主張し、被告芳賀もその本人尋問において、原告が道路交通法違反を犯したので警職法二条により同行を求めた旨を供述しているが、警察官職務執行法第二条によれば、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、もしくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者であっても、刑事訴訟に関する法律の規定によらないかぎり、その意に反して派出所に連行することができないとされているのであり、被告芳賀の前記認定のような行為は明らかに警察官職務執行法第二条に違反するものといわざるをえない。

また、被告芳賀はその本人尋問において、原告を道路交通法違反の現行犯として逮捕するつもりであったように供述しているが、一方では、公務執行妨害罪で逮捕したとも述べており、さらに弁論の全趣旨からしても、被告芳賀の前記供述は採用することができず、他に本件全証拠によるも、被告芳賀が原告を道路交通法違反により逮捕したものと認めるに足る証拠はない。また道路交通法違反による現行犯逮捕として刑事訴訟法所定の手続が履行されたと認めるに足りる証拠もない。

なお、被告芳賀は、その本人尋問において、原告は救護を要するほどには酔ってはいなかったと述べており、また弁論の全趣旨からしても、被告芳賀の原告に対する前記認定の行為が警察官職務執行法第三条による保護の措置に出たものでないことは明らかである。

つぎに、被告らは、原告を公務執行妨害の現行犯として逮捕したものであると主張し、被告芳賀も、その本人尋問において、原告が被告芳賀の顔面を殴打したので公務執行妨害で逮捕した旨供述しているが、前記認定のように、被告芳賀が原告を前記派出所へ連行しようとした行為は違法な行為でありこれをもって適法な公務の執行ということはできないから、原告がこれに抵抗し、あるいはその間に被告芳賀を一回殴打したことがあったとしても、これをもって公務執行の妨害ということはできない。

また、原告は、被告芳賀を一回殴打したとはいえ、もっぱら被告芳賀の違法な連行に抵抗していたにすぎないものであって、原告の方から積極的に被告芳賀に対し危害を加えようとしたり、あるいはその場から逃走しようとしたりしたことは本件全証拠によるもこれを認めることができないから、このような状況において、かりに原告を逮捕するにしても、原告をその場に引き倒し、その上に馬乗りになって手錠をかけた行為は、明らかに過剰な行為であって違法といわざるをえない。

つぎに、原告は、被告大塚が原告に反感を抱き故なく原告を留置し、かつ原告の骨折による激痛と糖尿病の悪化を無視したことおよび同被告が被告芳賀の違法行為を正当化しようとして全く事実無根の罪により原告を書類送検した旨を主張し、≪証拠省略≫中には、原告の右主張に沿う部分が存するが、これらは直ちに採用できず、他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。

三  そこで、原告が被告芳賀の前記不法行為によって蒙むった損害額について検討する

≪証拠省略≫によれば、原告は被告芳賀の前記違法な行為によって道路上に転倒し、その際左尺骨肘頭骨折の傷害を受けたこと、そのため原告は、昭和四一年四月二七日米川医師の診断を受け、さらに昭和四一年五月二日から同月一六日までの間国立東京第一病院に入院して手術を受け、退院後も同年一一月一〇日まで同病院に通院したこと、そのため原告は別紙目録記載のような支出を余儀なくされたことが認められ右認定を左右するに足りる証拠はない。

つぎに慰謝料の点につき検討するに、前記認定のような被告芳賀の違法行為の態様、原告が蒙むった傷害の程度ならびに原告が被告芳賀によって違法に逮捕されたため昭和四一年一月二七日午前〇時三〇分ごろから同日午後七時三〇分ごろまで麹町警察署に留置される結果を招いたこと、一方≪証拠省略≫によれば、原告は被告芳賀から注意を受けたのに対し、いたずらに挑発的な言辞を弄したため、本件の事件を惹き起したものと認められること、その他諸般の事情を考慮して原告の蒙むった精神的苦痛に対する慰謝料は金一〇万円が相当であると認める。

四  なお原告は被告芳賀、同大塚の各個人に対しても損害の賠償を請求しているが、被告芳賀のなした前記違法行為は、公権力の行使として行なわれたものであって、前記認定のような事実関係のもとにおいては、被告芳賀の行為を私人としての不法行為として把握する余地はないので、原告の蒙むった損害は国家賠償法第一条により被告東京都のみがその賠償の責に任ずべきである。また被告大塚については前記のように違法行為を認めることができない。

五  以上によれば、原告の本訴請求は、原告東京都に対し金一三万四六四六円およびうち一〇万円については昭和四一年四月二七日から、うち三万四六四六円については同年一一月一〇日から、各完済に至るまでそれぞれ民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右限度でこれを認容し、被告東京都に対するその余の請求ならびに被告大塚、同芳賀に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋正)

<以下省略>

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